東京高等裁判所 昭和46年(ネ)383号 判決 1972年10月30日
昭和四六年(ネ)第三四六号事件控訴人
同年(ネ)第三八三号事件被控訴人
(原審昭和三八年(ワ)第五一六二号事件同四二年(ワ)第二二五六号参加事件原告) 宇沢時夫
右訴訟代理人弁護士 村上直
同 西坂信
昭和四六年(ネ)第三四六号事件被控訴人
同年(ネ)第三八三号事件被控訴人
(原審昭和三八年(ワ)第五一六二号事件同四二年(ワ)第二二五六号参加事件被告) 松山南伊
昭和四六年(ネ)第三四六号事件被控訴人
同年(ネ)第三八三号事件被控訴人
(原審昭和三八年(ワ)第五一六二号事件同四二年(ワ)第二二五六号参加事件被告) 加藤シズ
右訴訟代理人弁護士 真木洋
昭和四六年(ネ)第三四六号事件被控訴人
同年(ネ)第三八三号事件被控訴人
(原審昭和三八年(ワ)第五一六二号事件同四二年(ワ)第二二五六号参加事件被告) 千代田信用組合
右代表者代表理事 雨宮尺一
昭和四六年(ネ)第三四六号事件被控訴人
同年(ネ)第三八三号事件控訴人
(原審昭和四二年(ワ)第二二五六号参加事件参加人同四三年(ワ)第五八四一号事件原告) 是永きみ子
右訴訟代理人弁護士 大平恵吾
昭和四六年(ネ)第三八三号事件被控訴人
(原審昭和四三年(ワ)第五八四一号事件被告) 加藤一二
右訴訟代理人弁護士 真木洋
主文
一、昭和四六年(ネ)第三四六号事件控訴人(第一審原告)の本件控訴を棄却する。
二、原判決中昭和四六年(ネ)第三八三号事件控訴人(第一審参加人)の同事件被控訴人宇沢時夫(第一審原告)、同事件被控訴人(第一審被告)松山南伊、同千代田信用組合に対する請求を棄却した部分を取り消す。
三、右当事者間において別紙目録記載の不動産が同事件控訴人(第一審参加人)の所有であることを確認する。
四、同事件被控訴人(第一審被告)千代田信用組合は同事件控訴人(第一審参加人)に対し別紙目録記載の不動産につき東京地方法務局中野出張所昭和三八年五月二四日受付第九〇九九号根抵当権設定登記、同日受付第九一〇〇号所有権移転仮登記、同日受付第九一〇一号賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。
五、原判決中同事件控訴人(第一審参加人)の同事件被控訴人(第一審被告)加藤シズ、同加藤一二に対する請求を棄却した部分を次のとおり変更する。
1、同事件控訴人(第一審参加人)と同事件被控訴人(第一審被告)加藤シズとの関係において別紙目録記載の不動産が同事件控訴人(第一審参加人)の所有であることを確認する。
2、同事件被控訴人(第一審被告)加藤シズは同事件控訴人(第一審参加人)に対し別紙目録記載の不動産につき所有権移転登記手続をせよ。
3、同事件被控訴人(第一審被告)加藤一二は、同事件控訴人(第一審参加人)に対し、別紙目録記載の建物のうち、一階については店舗部分(別紙図面斜線部分)を、二階については八畳間を除くその余の部分(別紙図面斜線部分)を明け渡し、かつ、昭和三八年六月一日から昭和四七年六月一四日まで一か月金一万二、五〇〇円の割合による金員及び同月一五日から右明け渡しまで一か月金七、五〇〇円の割合による金員を支払え。
4、同事件控訴人(第一審参加人)の同事件被控訴人(第一審被告)加藤シズ、同加藤一二に対するその余の請求を棄却する。
六、訴訟費用は第一、二審を通じ、第一審原告と第一審被告松山南伊、同加藤シズ、同千代田信用組合、及び第一審参加人との間においては第一審原告の負担とし、第一審参加人と第一審被告松山南伊、同千代田信用組合、との間においては同第一審被告らの負担とし第一審参加人と第一審被告加藤シズ、同加藤一二との間においてはそれぞれこれを二分し、その各一を第一審参加人の、各一を同第一審被告らの負担とする。
本判決は、建物明け渡し及び金員支払いを命ずる部分に限り、仮りに執行することができる。
事実
昭和四六年(ネ)第三四六号事件(以下単に第三四六号事件という。)同年(ネ)第三八三号(以下単に第三八三号事件という。)被控訴人宇沢時夫(以下単に第一審原告という。)訴訟代理人は第三四六号事件につき「(一)原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。(二)第一審原告に対し、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という。)につき、被控訴人松山南伊(以下単に第一審被告松山という。)は東京法務局中野出張所昭和三八年一月一六日受付第四五三号所有権移転登記の、被控訴人加藤シズ(以下単に第一審被告加藤シズという。)は同出張所同年五月一六日受付第八五六五号所有権移転登記の、被控訴人千代田信用組合(以下単に第一審被告組合という。)は同出張所同年同月二四日受付第九〇九九号根抵当権設定登記、同日受付第九一〇〇号所有権移転仮登記同日受付第九一〇一号賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。(三)訴訟費用は第一、二審とも右第一審被告らの負担とする。」との判決を求め、第三八三号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。
第三四六号事件被控訴人、第三八三号事件控訴人是永きみ子(以下単に第一審参加人という。)訴訟代理人は第三四六号事件につき控訴棄却の判決を求め、第三八三号事件につき「(一)原判決中第一審参加人の第一審原告及び第一審被告らに対する請求を棄却した部分を取り消す。(二)第一審参加人と第一審原告、第一審被告松山、同加藤シズ、及び同組合との間において、本件不動産は第一審参加人の所有であることを確認する。(三)第一審被告加藤シズは第一審参加人に対し、本件不動産につき所有権移転登記手続をなし、かつ、これを明け渡せ。(四)第一審被告組合は第一審参加人に対し、本件不動産につき東京法務局中野出張所昭和三八年五月二四日受付第九〇九九号根抵当権設定登記、同日受付第九一〇〇号所有権移転仮登記、同日受付第九一〇一号賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。(五)被控訴人加藤一二(以下単に第一審被告加藤一二という。)は第一審参加人に対し本件不動産を明け渡し、かつ昭和三八年六月一日から右明け渡しずみに至るまで一か月金一万二五〇〇円の割合による金員を支払え。(六)訴訟費用は第一、二審とも第一審原告および右第一審被告らの負担とする。」との判決ならびに(三)ないし(五)項について仮執行の宣言を求めた。
第一審被告加藤シズ訴訟代理人は、第三四六号事件につき控訴棄却の判決を求めた。
第一審被告加藤一二訴訟代理人は、第三八三号事件につき控訴棄却の判決を求めた。
各当事者らの事実上の陳述及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(第一審参加人訴訟代理人の陳述)
一、第一審原告がその印鑑証明書、委任状等を訴外寺田嘉子雄に交付したのは、同訴外人の詐欺によるものであるが、かかる場合、民法一〇九条の表見代理の規定の適用ないし準用はない。
二、右委任状はその委任事項、受任者欄が空白であって、いわゆる白紙委任状であった。これらを第一審原告から直接交付を受けた訴外寺田嘉子雄が行使したのではなく、それら書類を同訴外人から転得した訴外山内留次郎が行使した本件においては民法一〇九条の適用ないし準用はない。
三、第一審被告松山には、訴外山内留次郎を第一審原告の代理人と信じたことについて、過失がある。すなわち、第一審被告松山は金融業者であるが、かかる業者の注意義務は相当高度のものでなければならないから、以下に述べるような事情にかんがみれば、訴外山内留次郎が第一審原告の権利証、委任状、印鑑証明書を所持していたことだけで、同第一審被告が訴外山内を第一審原告の代理人と信じたことは、そう信ずるについて過失がなかったということはできない。第一審被告松山に対する融資の申し入れは訴外橋本某、ついで訴外山内留次郎、ついで宇沢時夫と自称する寺田嘉子雄の順でなされたものであって、同第一審被告は山内から「本件建物には宇沢の妾が居住している」と告げられたのである。右のような融資申し入れについては、同第一審被告としては、当然、不自然さを直感すべきであったし、感じていたはずである。また、右橋本某は第一審被告松山に対し「時価五、六百万円の本件不動産により二五〇万円ないし三〇〇万円融資してほしい」旨申し入れたが、当時の本件不動産の時価から考えれば、所有権移転登記まで受けて二〇〇万円しか融資しなかったのは、まじめな取引とはいえない。さらに、右金員授受の際、山内が提示した委任状には抵当権設定登記の委任事項が記載されていただけであって、第一審被告松山の代理人猪股儀正が異議を述べたのに対し、宇沢と自称していた寺田嘉子雄が猪股に対し、「所有権移転でも何でも結構です。」という不まじめな返事をしたというものである。かような事情から金融業者である第一審被告松山としては、当然不自然さを感じ、山内らのいう第一審原告の妾に確めるとか、第一審原告に直接電話で問い合わせるとか、(猪股儀正が本件建物に赴いた際、本件建物には第一審原告の名刺が貼り付けてあったのであるから、第一審原告の電話番号は第一審被告松山において知り得たはずである。)の調査をなすべきなのに、これを怠った第一審被告松山には、過失があった、というべきである。
二、第一審被告加藤シズが第一審被告加藤一二の妻として本件建物に同居している事実は認める。
(第一審原告訴訟代理人の陳述)
第一審被告加藤シズが第一審被告加藤一二の妻として、本件建物に同居している事実は認める。
(第一審被告加藤シズ訴訟代理人の陳述)
仮りに原判決記載の抗弁が理由がないとしても、第一審被告加藤シズは第一審被告加藤一二の妻として本件建物に同居しているのであるから、同第一審被告の占有権原を援用する。
理由
一、本件不動産がもと佐野晃の所有であったが、第一審参加人の所有となったこと、本件不動産が佐野晃から第一審原告に所有権移転登記がなされたのは第一審参加人が亀家栄吉の相続人との紛争を避ける目的で第一審原告に依頼した結果であることについての当裁判所の判断は、原判決一六枚目表七行目から八行目にかけて「昭和二六、七年」とあるのを「昭和二七年四月」と訂正するほか、原判決が一六枚目表四行目から一八枚目裏七行目までに説示するとおりであるから、これをここに引用する。
二、そこで第一審被告らの抗弁について検討する。
≪証拠省略≫を総合すれば、寺田嘉子雄は昭和三八年一月一〇日頃宇沢時夫と称して第一審被告松山に本件不動産を担保として金四〇〇万円の融資方を申し入れたところ、第一審被告松山は、その使用人である猪股儀正、宇沢を自称する寺田嘉子雄及び山内留次郎とともに本件不動産を実地見分したこと、その際本件建物の玄関には寺田嘉子雄において予め宇沢時夫の名刺を貼り付けていたこと、当時本件建物には第一審被告加藤シズ、同加藤一二が居住し、右実地見分の際同加藤シズが現在し、第一審被告松山や猪股儀正にも会っているが、予め寺田嘉子雄から同第一審被告に「本件建物には自分(宇沢)の妾が居住しているが、本件建物を担保に入れることが妾の耳に入ると、うるさいから何も言わないでくれ」と口止めしてあったので、同第一審被告加藤シズには、右建物の権利関係等については何も聞かなかったこと、右実地見分の結果、第一審被告松山としては金二〇〇万円を融資することに決し、翌日その旨を宇沢こと寺田嘉子雄に告げたところ、同人はこれを承諾したこと、同年一月一二日東京地方法務局中野出張所附近の司法書士事務所において宇沢時夫の代理人と称する山内留次郎と第一審被告松山の代理人猪股儀正が更に折衝した結果、担保の形式を譲渡担保とすることになり、猪股から宇沢こと寺田に電話でその旨を告げ、その了解を得たうえ、本件不動産について第一審原告から第一審被告松山に所有権移転登記をし右猪股から右山内に対し金二〇〇万円が交付されたこと、宇沢時夫の委任状(乙第一号証)は寺田嘉子雄において第一審被告松山もしくはその代理人猪股儀正に示したことはなく、右登記の際山内留次郎から猪股儀正に交付されたが、右委任状には委任事項として抵当権設定登記手続のことだけが記載されており、所有権移転登記手続のことが記載されていなかったので、右猪股から宇沢こと寺田嘉子雄に対し電話で問い合わせたことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで、本件不動産は、前認定のとおり、第一審参加人の所有であるが、第一審原告は第一審参加人の依頼により登記簿上本件不動産の所有名義を有していたものである。従って、第一審参加人は、第一審原告を本件不動産の所有者と信じ、第一審参加人が本件不動産の所有者であることを知らない第三者に対しては民法九四条二項の類推適用により本件不動産が自己の所有であることを主張できず、右第三者との関係では、第一審原告が本件不動産の所有者として取り扱われるべきものである。≪証拠省略≫によれば、第一審被告松山及びその代理人である猪股儀正はいずれも本件不動産が第一審原告の所有であると信じ、第一審参加人の所有であることは知らなかった事実が認められる。従って、第一審原告と第一審被告松山間において第一審被告ら主張の消費貸借契約及び譲渡担保契約が有効に成立すれば、第一審被告松山は本件不動産について有効に譲渡担保権を取得すべきこととなる。そして、前記認定事実によれば、宇沢を自称する寺田嘉子雄と第一審被告松山の代理人である猪股儀正との間に本件消費貸借契約における支払約束及び譲渡担保契約の意思表示がなされ、金銭の交付は右猪股より宇沢の代理人と称する山内留次郎に対してなされ、更に山内より寺田に交付されたものである。従って、もし寺田もしくは山内に第一審原告の代理権があれば、本件消費貸借契約及び譲渡担保契約が第一審原告のためその効力を生ずるものであるが、寺田に第一審原告の代理権の認められないことは原判決の説示するとおりであるから、原判決一八枚目裏一〇行目から二〇枚目表六行目までをここに引用する(但し、同二〇枚目表六行目に「本件不動産処分の代理権」とあるのを、「本件不動産を処分その他右不動産に関し何んらかの法律行為をするについての代理権」と改めて引用する。)。また第一審原告が山内留次郎に何んらかの代理権を与えたことを認めるに足りる証拠は全く存在しない。
三、次に寺田もしくは山内について民法一〇九条の表見代理の成否について考える。
第一審原告が寺田嘉子雄に対し本件不動産の権利証とともに白紙委任状を交付したことは前記認定のとおりであるが、寺田は第一審被告松山もしくは猪股に対し第一審原告本人であるかのように振る舞い、右委任状を示していないことも前記認定のとおりであるから、寺田については民法一〇九条の表見代理の成立する余地はない。
また山内は、第一審原告の委任状を第一審被告松山や猪股に提示したものであるが、第一審原告が委任状を交付したのは寺田に対してであり、山内に対してではないから、委任状の転得者である山内がこれを第三者に示しても、直ちに第一審原告が右山内に代理権授与の表示をしたものということはできない。すなわち、第一審原告が初めから白紙委任状を寺田を介し、他の者にも使用させる趣旨で交付したのであれば、山内についても代理権授与の表示をしたものということができるが、そうでないことはさきに二、において引用した原判決判示の事実関係に徴し明らかであるから、山内についても民法一〇九条の表見代理の成立する余地はない。
四、次に無権代理追認の抗弁について考えるに、≪証拠省略≫中には、第一審被告ら主張にそうかのごとき部分があるが、≪証拠省略≫に照らしたやすく信用できないし、他に右抗弁事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
従って第一審被告らの抗弁は理由がなく、第一審被告松山は民法九四条二項にいう善意の第三者に該当せず、同第一審被告は本件不動産について何らの権利を取得していなかったものと認めざるをえない。そうすると、これとの間で売買契約をした第一審被告加藤シズも、根抵当権設定契約その他登記原因である各契約をした第一審被告組合も、何らの権利を取得しないのであるから、第一審参加人は第一審被告らに対し本件不動産の所有権を主張することができるものといわねばならない。してみると、第一審原告の請求は理由がないから、これを棄却すべきものであり、第一審参加人の第一審原告、第一審被告松山、同加藤シズ、同組合との関係で本件不動産の所有権確認を求める請求及び第一審原告、第一審被告松山及び第一審被告加藤シズに対する各所有権移転登記の抹消に代え、同第一審被告に対し所有権移転登記手続を求める請求ならびに第一審被告組合に対する前記登記の各抹消登記手続を求める請求は、いずれも理由があり、これを認容すべきものである。
五、次に第一審参加人の第一審被告加藤シズ同加藤一二に対する明け渡し請求及び第一審被告加藤一二に対する金員請求について検討する。
第一審参加人が昭和三一年四月一日第一審被告加藤一二に対し、それが全部であるか、一部であるかは別として本件建物を賃料一か月金一万二五〇〇円の約束で賃貸し、これを引き渡したことは第一審参加人と第一審被告加藤一二間で争いがなく、第一審被告加藤シズ及び第一審原告において明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきものである。右賃貸借の目的物が本件建物の全部であるか、第一審参加人主張のとおりであるかについて、争いがあるので検討する。≪証拠省略≫を総合すれば、本件建物はもと建坪一〇坪、二階一〇坪の建物として建築されたが、その部分は別紙図面一階のうち一〇畳間を除く部分及び二階図面向かって左側の六畳、四畳半を除く部分であったこと、その後本件建物は昭和三〇年九月より以前に一階一〇畳部分が増築され、延二五坪となったが、第一審参加人が第一審被告加藤一二に賃貸するに当たっては一階全部と二階別紙図面向って右端の押入と六畳間の部分四坪を除き、八畳間のみ(一階、二階を合わせて合計二一坪)を賃貸したこと、その後第一審参加人と第一審被告加藤一二は合意の上賃貸借契約の目的物の範囲を変更し、一階店舗部分を除外し、賃料を一か月金五、〇〇〇円に減額したこと、第一審参加人は更に二階に別紙図面向って左側六畳及び四畳半の部分を増築したことが認められる。≪証拠判断省略≫右認定のとおり、二階の別紙図面向って左側六畳及び四畳半の二部屋は第一審参加人と第一審被告加藤一二間の右賃貸借契約成立後に増築されたものであるが、右増築部分について第一審被告加藤一二が第一審参加人から、別に賃借したとか、前記賃貸借契約を変更し、目的物の範囲に右増築部分を含ませたことはいずれの当事者も主張しないところであるから、右二階増築部分は、第一審参加人と第一審被告加藤一二間の賃貸借契約の目的となっていないものといわなければならない。
第一審参加人が第一審被告加藤一二に対し、第一審参加人主張のとおり催告ならびに賃貸借契約解除の意思表示をしたことは第一審被告加藤両名及び第一審原告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなすべきものである。そこで右契約解除の効力について考えるに、本件建物については、第一審原告から昭和三八年一月一六日第一審被告松山に所有権移転登記がなされ、更に昭和三八年五月一八日第一審被告松山から第一審被告加藤一二に対し所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがないところであるが、≪証拠省略≫によれば、第一審被告加藤両名は本件建物の所有者は本件建物の所有名義が第一審原告になった後も依然第一審参加人であることを推知しており、そのため、第一審被告加藤一二において第一審参加人の代理人である吉田若菜に対し賃料を支払っていたこと、第一審原告より第一審被告松山に登記簿上の所有名義が(昭和三八年一月六日付で)移転した後は第一審被告加藤両名は第一審被告松山が本件建物の所有者となったものと信じていたこと、第一審被告加藤シズは第一審被告松山を真実の所有者と信じ、同第一審被告から本件建物及び土地を買い受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右のような状況のもとでは第一審参加人から昭和三八年六月以降の本件建物の賃料の催告があったとしても、第一審被告加藤一二において、第一審参加人がその当時依然として賃貸人であるかどうかについて疑いを抱くのは当然であり、催告に応じなかったからといって、これを責めるのは酷であるから、右催告は、契約解除の前提要件としての催告の効力を有しないものと解すべきであり、従ってこれを前提とする契約解除も、その効力を生じないものと認めるのは相当である。
従って、第一審参加人のなした契約解除は無効であり、第一審参加人と第一審被告加藤一二との間には前記認定の賃貸借契約がなお存続しているものというべきである。また第一審被告加藤シズは第一審被告加藤一二の妻として本件建物に同居していることは当事者間に争いがないから、第一審被告加藤シズは本件建物について第一審被告加藤一二の占有の機関に過ぎず、独立した占有を有しないものというべきである。してみると第一審参加人の第一審加藤一二に対する本件建物の明け渡し請求は別紙図面中第一審被告加藤一二が現に賃借している部分を除くその余の部分(別紙図面斜線部分)については理由があるが、その余の明け渡し請求は理由がなく、第一審被告加藤シズに対する明け渡し請求は独立の占有を有しないものに対するものであるから理由がないものというべきである。
次に第一審被告加藤一二に対する金員の支払い請求について考えるに、右認定事実によれば、第一審被告加藤一二はなお第一審参加人に対し一か月金五〇〇〇円の割合による賃料を支払う義務があり、第一審被告加藤一二が昭和三八年六月一日以降の賃料を支払ったことは同被告の何ら主張しないところであるから、本件口頭弁論終結の日であることが記録上明白である昭和四七年六月一四日までの賃料の支払いを求める請求は理由があるが、本件口頭弁論終結の日の翌日以後の将来の賃料の支払いを求める部分は予め請求する必要があるものとは認められないから理由がない。
次に損害金の請求について考えるに、前記認定のとおり、本件賃貸借契約の賃料が賃貸借の目的物の範囲を変更した際当初の一か月金一万二五〇〇円から一か月金五〇〇〇円に減額されたいきさつから考えると、第一審被告加藤一二の不法占有部分の相当賃料は少くとも一か月金七、五〇〇円であると認めるのが相当である。
六、してみると、第一審原告の第一審被告松山、同加藤シズ、同組合に対する請求はいずれも理由がなく、棄却すべきものであり、これと同趣旨の原判決中右当事者間に関する部分は相当であるから、第一審原告の本件控訴を棄却すべきものである。また、第一審参加人の請求中第一審原告、第一審被告松山、同組合に対する各請求はいずれも正当として認容すべく、第一審被告加藤シズに対する所有権確認及び所有権移転登記手続請求の部分は正当として認容すべく、その余の請求は理由がないから、棄却すべく、第一審被告加藤一二に対する請求は、本件建物のうち一階については店舗部分(別紙図面斜線部分)、二階については八畳間を除くその余の部分(別紙図面斜線部分)の明け渡しを求める部分ならびに昭和三八年六月一日以降昭和四七年六月一四日まで一か月金五、〇〇〇円の割合による賃料及び昭和三八年六月一日以降右明け渡しに至るまで一か月金七、五〇〇円の割合による損害金の支払いを求める部分は正当として認容し、その余の請求を棄却すべきである。よって、原判決中第一審参加人の第一審原告、第一審被告松山及び第一審被告組合に対する請求を棄却した部分は不当であるから、これを取り消し、第一審原告及び同第一審被告らに対する請求をすべて認容し、第一審参加人の第一審被告加藤シズ、同加藤一二に対する請求を棄却した部分は右趣旨のとおり変更すべきものである。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、九四条を適用し、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、なお第一審参加人の仮執行宣言の申立中、登記手続を命ずる部分に関するものは、仮執行宣言に親しまないものであるから、これを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 岡松行雄 川上泉)
<以下省略>